対話する「未来論」
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檜山敦×近藤武夫

高齢と障害を越えて、みんなが働く未来を支援する。

 

身体情報学分野 講師

檜山 敦 研究室ホームページ

人間支援工学分野 准教授

近藤 武夫 研究室ホームページ

ICT(情報通信技術)を活用した高齢者の社会参加と就労支援に取り組む檜山敦講師。そして、障害のある子供たちの教育支援に取り組む中から、その先にある就労の支援へと向かう近藤武夫准教授。対話する「未来論」第9回は、当30周年記念対談企画をきっかけに共同研究がスタートしたという2人が、オンゴーイングな研究を語り合った。

対談がきっかけで、二人で震災後の熊本へ
檜山敦×近藤武夫
近藤:この対談の企画段階で、檜山先生のお話を聞いて、ぜひ話したいと思ったのがきっかけで、直ちに共同研究が始まりました。


檜山:(笑)ええ。私が着任したのが昨年の9月1日でしたから、もう、その翌週に熊本視察でご一緒したのでした。


近藤:視察はやはり、僕たちに何ができるかを改めて考えるきっかけになりました。それと同時に我々二人でいろいろ会話するようになって──実は二人とも熊本生まれであることがわかったり(笑)──僕は障害者を、檜山講師は高齢者を対象としているけれども、実はとても近い取り組みであることも、段々にわかってきました。


檜山:はい。私は『「高齢者クラウド」の研究開発』(科学技術振興機構の戦略的イノベーション創出推進プログラム)というプロジェクトがスタートした2011年の1月から、就労支援に取り組んでいます。日本IBM東京基礎研究所と東京大学による10年間の共同プロジェクトです。

 

近藤:僕は就労支援を始めたのは比較的最近で、4年ほど前ぐらいになるでしょうか。もともと障害のある子供たちの教育支援とテクノロジー利用に取り組んでいて、彼らが将来の社会のリーダーとなるような人材養成を目指すDO-IT Japan(=Diversity、Opportunities、Internetworking and Technology)の活動を行ってきました。大学は近年、障害者が健常者と同じ場所で学べる制度や環境が整いつつあって、DO-IT Japanの生徒達も東大、京大等の国公立大学や私立大学に入学できるようになっていきました。ところが彼らがいざ就職しようという時になったら、そこに大きな壁があったんです。
1976年に障害者雇用率制度が企業に義務化され、現在では常用雇用者の2%は障害のある人を雇用する義務を企業が負うことになっています。これは障害者手帳を持っている人を、週あたり30時間雇用すると1人、20時間雇用で0.5人とするものです。制度的に設定された雇用率は少しずつ上昇していて、平成30年度には2.2%、その後3年以内に2.3%になることが決まっています。しかし、現行のしくみのままでは、この雇用制度の対象となりうる人は不足し始めています。というのは、障害のある人のうち、一部の人々は、週20〜30時間もの長時間にわたって働くのは難しかったり、働く上で身体介助が不可欠だったり、あるいは体調の変動が大きくて、たとえばその週は働けるけれども翌週はちょっと動けなかったりといったことがあるわけなんです。厚生労働省の障害者雇用実態調査でも、障害者の平均継続就労年限は、身体障害で平均10年間と最も長く、知的障害で7年、精神障害で4年しか継続していません。現行制度で雇用に参加することに困難を感じている人たちと、どうやって週40時間働く日本の職場の中で、一緒に働いていけるしくみや環境ができるのか? そのようなことが動機となって、働き方の制度変更の問題に取り組むようになりました。

業務分析を通じて働き方改革が見えてくる
檜山敦×近藤武夫

檜山:新しい働き方のしくみが必要ですよね。

 

近藤:はい。日本の雇用に特徴的なのは、雇用される時に、職務定義(ジョブ・ディスクリプション)がないことです。たとえば新卒で採用される時、仕事の内容とその月給が明示されるケースは滅多になくて、とにかく一括で雇われて、部署への配属が決まって、その後からいろいろな仕事がついてくる。そうなると求められる人材とは、暗黙のうちに、求められることを何でもいろいろ平均的にできる人ということになります。障害がある人の場合は、何かの能力はあるのですが、障害によって絶対に何かできないことがありますから、雇用に参加できなくなってしまうわけですね。日本以外の職場(欧米だけでなくアジア諸国を含む)ではふつう職務定義があるので、たとえばその人が働いていた事業がなくなったらレイオフして、労働市場に放って、その職能を持つ人が欲しい企業が手を挙げるというしくみになっています。アメリカ人は一生のうち平均9回転職するそうです。一方、日本の雇用はどうなっているかというと、まず規制が厳しいので解雇しにくいですし、入社してからその組織の中でかなり頻繁に転属するんですね。そのたびに職務が劇的に変わることが珍しくない。──濱口桂一郎さんが整理された用語によれば、仕事を定義して人を割り当てる「ジョブ型雇用」と、人を入社させてから仕事を割り当てる「メンバーシップ型雇用」があって、後者が日本に典型的なのです。
そこで僕たちは企業やさまざまな自治体と連携して、まず職場の中にある職務(ジョブ)を定義しています。障害者の就労移行支援というと、よく「いや、うちにそんな仕事なんてないよ」と言われることがあります。けれども、そこで実際にその職場で働いている方にヒアリングを行い、話し合いの中で、そのワーカーさんの職務の「本分(主業務)」は何なのか、その周辺業務は何なのか、そして付随するけれども必ずしもその人がやる必要はない仕事は何なのかを順繰りに聞き出していきます。すると、例えば翻訳とか記帳・計算等のように、必ずしもその人がやらなくてもいい仕事があることが見えてくるんですね。そのようにして定義された──ほとんどが超短時間の──仕事を切り出して、元いたワーカーさんには主業務に専念してもらって、生産性が上がるようなかたちに組み替えてもらいます。そうして切り出された職務を実際に遂行することができる、超短時間で勤務したい人を、障害のある人の中から探すというかたちでマッチングします。そうすることで、これまでの雇用制度だと参加が難しかった障害のある人たちの雇用参加が可能になります。
このしくみは雇用率にはカウントされません。しかし、ある部署に週あたり20時間以下の超短時間で働く人が一人いて、それが企業グループ内のそこかしこにいれば、全体でまとめ上げると週30時間分の雇用を数名分生み出した、というように積算できますよね。そうした考え方で、短い時間しか働けない人も、共に同僚として働ける職場を作るという考え方があってよいと思います。ソフトバンク株式会社のように、超短時間雇用を社内制度にしてくれるところも出てきました。社内のイントラネットを使って、「ショートタイムワーカーが部署のお仕事助けます」という告知をデジタルサイネージで流し、すでに多数の部署で障害のある人々が他の社員と一緒に働いています。実際に忙しい現場を助けるという意味で、雇う側も雇われる側も、非常に満足度が高いという結果が出ています。また自治体では今、川崎市で約20社がこの取り組みに参加しており、神戸市でも実装が始まっています。このような作業を通じて、僕が分析したさまざまな業務をウェブ上でどんどん可視化していきたいと思っています。このようにして全国で週30時間分の雇用がどれだけ作れるか、目標を持って取り組んでいます。

 

柏市をモデルとした高齢者クラウドの社会実装

檜山: 私の参加している「高齢者クラウド」のプロジェクトは、シニア層の社会参加と就労をICTを使って支援しようというものです。ご存知のように、日本の人口ピラミッドは、今後ますます逆三角形型になっていき、人口の少ない若い人が人口の多いシニアを支えることがほとんど無理な状態になってしまいます。しかし、65歳以上の、支えられる側のシニアに注目してみると、9割ぐらいが元気で自立した生活ができる人たちなんですね。つまり、超高齢社会問題の本質は、そういう元気な人たちが、退職した後の何十年間もの間、支えられるだけの存在として社会との接点がない状態で過ごさなければならない、今の社会のしくみそのものにあると思っています。そこで、ICTを使って元気なシニアが活躍できる環境を作り、人口ピラミッドをバーチャルに再逆転させて、たくさんいる元気なシニアが、少数の若者を逆に応援するような安定した社会構造が作れないかというビジョンを持っています。
そのための新しい働き方の技術的なしくみが「モザイク型就労」で、空いている時間や得意なスキルを組み合わせて、複数のシニアで1人分の仕事を実現するしくみを提案しています。タイムシェアリングとしての時間モザイク、テレワークとしての空間モザイク、その人の持つ得意な仕事を登録するスキルモザイクという3種類を提案しており、断片的で質的にも違う労働力を、ICTで1つにまとめる「高齢者クラウド」を構成しています。

檜山敦×近藤武夫
またシニア層に、定年後の社会との関わり方についていろいろ調査をすると、フルタイムの働き方はもうしたくない、自分が空いてる時間だけ働ければいいというんですね。また1つのことを一生懸命やりたいという人もいれば、いろんなことを試したい人もいる。これまでのスキルを生かしたい人もいれば、新しいことに挑戦したい人もいるというように、社会参加に対するニーズはすごく多様です。従って、1つにまとめるだけでなく、シニア1人1人のニーズを満たすジョブマッチングを実現するのが「高齢者クラウド」のもう1つの技術的な難しさになっています。昨年の4月から千葉県柏市で、地域のシニア人材と求人情報のマッチングサービス「GBER: Gathering Brisk Elderly in the Region」を運用し、シニア就労活性化の実証評価を行っています。精度のよいマッチングのためには、シニア一人一人が希望する働き方や、仕事のジャンル、そして得意なスキルなどの情報が必要です。ところがシニアの人たちは自らの情報発信に不慣れな方も多いので、情報を集めるための工夫が必要になります。そこで、システムの方から投げかけられる質問に答えていくQ&A方式で、持っているスキルや関心、望んでいる働き方などの情報が自然と集められるよう設計しています。
このような働く人が使うツールの研究開発の一方で、シニア就労も、いかにジョブ開拓を技術的にサポートできるかを考えていかなければなりません。実際に現場に入ってどんどん仕事を切り出す近藤准教授のノウハウは、実は、ずっと難しいと思っていたところなんですね。そして、そここそが、シニア、障害者問わず、全世代にわたる新しい働き方改革の本丸になってくるようなところだと私は思っています。

 

近藤: 業務解析は、職場の中でいったい何が価値として求められているのか、経営者やマネージャーと話をしながら編み出していくものなので、カウンセリングマインドみたいなのが要請されるんですね。経営者との対話の中から、求められる価値が実現できるように今ある仕事を構造化していく手法です。

 

檜山: しかし、近藤准教授が全ての企業や自治体に出向くわけにはいかないという問題もあるので、そうしたらAIみたいなもので、オンラインで経営者が業務解析するとか……。

 

近藤: (笑)。実は今、その業務解析プロセスのツールキット化を少しずつ進めています。ある程度の段階まで来たら、プログラム化のご相談をしようと思っていたところです。実装のプロセスを一緒にやるのが、きっと一番おもしろいところだと思います。

2020年東京、障害者や高齢者が活躍する社会を見せる

近藤:僕はもともと心理学者ですし、教育支援を行ってきた人間なので、現場での人とのやりとりを通じて形を作っていくことが多いのですけども、そこにテクノロジーを入れると、これまでまったく存在しなかったしかたで「働き方」というものを見せることができる。僕らが取り組んでいるオフステージの部分も絶対必要なのだけれども、やはり高齢者、障害者、貧困層などこれまで脚光を浴びてこなかったような人たちが、パッと「オンステージ」で活動している姿を見せることにも大きな価値があって、その時にテクノロジーが実現力を持つと思うんですね。檜山講師とのコラボレーションで、そういう先端的な事例が作れたらいいと思っています。

 

檜山: 私のほうでは、柏市のプロジェクトで1つの地域の社会実装がかたちになったので、これを展開して日本全国を覆っていこうと考えています。次の一歩は、近藤准教授とご一緒している熊本です。そして──2020年にはオリンピック・パラリンピックが開催されます。おそらく活躍できるシニアや障害者はかなりたくさんいると思うんですけれども、そのためには、さまざまな働き方ができる多様な人材を可視化して、活躍してくれる人を探す側から見える状態にしなければなりません。先端研での共同研究の成果として、障害者や高齢者が生き生きとオリンピック・パラリンピックを支えている社会を、海外からの渡航者達に見せることができたらすばらしいと思うんですね。

 

近藤: そうですね。先生のシステムの中に、職務とその組織の中で必要とされる機能の定義が入って、既に各自治体の中にある就労移行支援のネットワークに接続する……というイメージであれば、すぐにも実現できそうな気がします。熊本のプロジェクトは、まだディスカッションが始まった段階ですが、自治体の中でどの部署がどう進めていくかといったところが意外に時間がかかったりします。

 

檜山: 人と人、人と地域をつないでいくためのICTなんですよ。

 

近藤: そうそう! うまく組み合わせると、何かできそう……先端研って、そういうことがあるからおもしろいんですよね。

 

檜山敦×近藤武夫
(聞き手・構成:池谷瑠絵 撮影:飯島雄二 公開日:2017/11/15)