対話する「未来論」
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高橋宏知×池内恵対談01

研究開発への努力と希望は重なり合う。

 

共創まちづくり分野 准教授 小熊 久美子研究室ホームページ
極小デバイス理工学分野 准教授 ティクシエ三田
アニエス
研究室ホームページ
対話する「未来論」第2回は、主にマイクロのオーダーの微細加工技術でスイッチやアクチュエータ等を実現するデバイス「MEMS(微小電気機械システム)」に取り組むティクシエ三田 アニエス准教授の研究室を、水環境汚染の調査や水処理技術の研究開発に取り組む小熊久美子准教授が訪ねた。MEMSに期待される生物・医療などの幅広い応用分野を、融合研究を通じて拓いていくティクシエ准教授のひたむきな挑戦と、水を切り口に安全な社会を実現すべく世界中を飛び回る小熊准教授の粘り強くしなやかな挑戦が重なり合う。
高橋宏知×池内恵対談02
微小エレクトロニクスが細胞の動きを解明する
アニエス:私は最初は本当にベーシックな化学を勉強していたのですが、原子はどんな状態で並んでいるか、どの程度凝縮しているかといった物質の中の微小な世界に関心があって、だんだん物質科学へと移っていきました。また当時から、そのような物質の状態をどうやったら測れるかということに、強い関心を持っていましたね。その後微小デバイスの研究に出会い、フランスを離れて研究員になってから本格的にMEMSに取り組み始めました。1つの電極を作るところから始まって、どうしたらもっとうまくコントロールができるか、さらにどうインテグレーションができるかと積み上げていく形で、研究が発展していきました。
 MEMSの面白いところの1つは、たとえばセンサーが1つできると、そのサイズに合ったさまざまな応用が展開できることです。実際に現代の社会において自動車、携帯、病院などさまざまな用途が広がっています。中でも私は近年、バイオの分野と連携して、生きた細胞の活動を「測る」融合研究に関心を持っています。というのも、面白いことに、MEMSと細胞は、すごく大きさが近いのです。
 たとえばこの実験室(写真)では、薄いガラスの上に、非常に小さなトランジスタを並べるデバイスに取り組んでいます。スマートフォンなどの画面を構成する際に部品として使われるものです。

小熊:スマートフォンの場合は、人がタッチした時に電流が流れて、その部分が反応するんですね?

アニエス:そうです。ガラスが何層か重なった構造になっていて、タッチに反応するレイヤーと、画面の色をコントロールするレイヤーがあります。色のレイヤーでは、電圧が変わるとデバイスの応答が変わって、画面の色が変わります。デバイスはこの場合、ひとつの電極が励起して発光するかしないかのスイッチに使われているわけですが、同じ技術をバイオの分野に使ったらどうなるでしょう?──MEMSを配したガラス板の上に細胞を置いて状態を測ったり、細胞が発するパルスを受け取ったり、刺激を与えたり、またパターニングといって、培養したい細胞をパターン化して配置したりできます。しかもすべて細胞が生きたまま測定できるんです。また生物学者は染料を使って細胞を電子顕微鏡で観察するので、デバイスが透明であることも大切なポイントですね。
「水」で死ぬ子供たちを救うために
アニエス:小熊先生はどんな研究をされているのですか?
高橋宏知×池内恵対談03

小熊:私の専門は環境工学で、より専門性を強調したくて「水環境工学」と自己紹介することもあります。歴史的には、環境汚染による人の健康被害や生態系破壊が起きるメカニズムを理解し、そこから解決策を探る学問として発生し発展してきた分野といえます。現在では、そのようないわゆる「公害」的な環境問題だけでなく、人とその周辺の間に生じるインタラクションすべてが研究対象となっています。私の場合、子供の頃からずっと環境問題に興味があり、大学でさてどの環境を勉強しようかと考えた際に、「水」を相手にすれば水環境だけでなく森林も大気も地球の物質循環も全部まるごと理解できるのではないか、と思ったのがきっかけでした。
 アニエス先生の故郷フランスや日本では、個人的志向はともかくとして、蛇口をひねれば飲める水が出て当然ですよね?でも、発展途上国では水道水でも汚染されていることがあり、蛇口の水から大腸菌が検出されることもまれではありません。また、水質の議論をする前にそもそも水道そのものがほとんど普及していない国だってたくさんありますし、水道の施設は存在しても一週間にたった数時間しか蛇口から水が出ないという地域もあります。このような国や地域では手近にある地下水や河川水をそのまま飲んだり、水売り屋から水を買ったりして水を確保するわけですが、その水質は推して知るべし、です。世界では、毎年50万人以上の5歳未満児が下痢症で死亡しており、そのほとんどは不衛生な飲み水が原因と推定されています。ほんのちょっと水処理すれば守れるはずの命が、です。私は、自分が母親になってから“5歳未満児死亡率”が単なる数字の羅列ではなくなりました。わが子を失う親の気持ちがものすごくリアルに想像できてしまって…とにかく何か役に立たなければ、という思いを強くしました。
 ところがこのような国々では、大規模で集約的な水処理システム、いわゆるインフラとしての水道を作ろうとしても、なかなか難しいんですね。初期コストも莫大だし、たとえ建設できても自立的で持続的な維持管理が難しい。また、たとえ浄水場できちんと水を処理しても、水を配る過程、つまり、水道管路の途中で再汚染されたりもする。そこで、浄水場で一括処理する集約的なシステムよりも、家庭ごとに処理する、個別分散型のシステムが途上国向きだと思うようになりました。このコンセプトは従来からあり、先行研究もありますし、自然発生的に家庭ごとの水処理が既に普及している地域もあります。その意味では研究の切り口に新規性はないのですが、私は調査研究で何度も東南アジアを訪ねる中で、実感として、水を使うその場で処理しないと水質保証なんてとてもできそうにないと思ったわけです。そこで、どんな処理技術が途上国に向いているかを考える中で、家庭の蛇口に紫外発光ダイオード(以下、UV-LED)を使った小さな殺菌処理装置を取り付けて飲む直前に消毒するシステムを検討するようになりました。今まさに取り組んでいる、現在進行形の研究開発です。
 殺菌には、「深紫外」と呼ばれる、220〜300ナノメートルぐらいの波長域の紫外線が必要です。従来から水銀紫外線ランプを用いた水処理が社会実装されていますが、万が一ランプが破損しても水銀が水に混入しないよう二重三重の対策が施され、結果的に装置が大掛かりになりがちです。また、無水銀製品を志向するのは世界的な流れでもあり、この点で水銀ゼロのLEDは優位と言えるでしょう。深紫外を放射するUV-LEDを普通に購入できるようになったのは2010年頃からです。ところがまだエネルギー効率が低く、照明用LEDが投入電力の30〜40%程度を光として取り出せるのに対して、深紫外LED(一般的な市販品)では投入電力の5%程度しか紫外線として取り出せないのが現状です。この課題を克服しようと日進月歩で技術革新が進んでいますが、私はその進展をただ漫然と待つのではなく、水処理のどこでどうUV-LEDを使うのがよいか、とりあえず今ある素子で先に試行しておこう、というスタンスで2010年に研究を開始しました。ここ数年の素子の出力向上と寿命の延びは目覚しく、用途によってはすでに実社会で十分使えるレベルに達しています。
 

アニエス:UV-LEDを使った水処理装置がソーラーパネルとつながると、バッテリーなしで動作できて、使い方が広がりますね?
 
小熊:おっしゃるとおりです。「オフグリット」という考え方がありますが、水もオフグリットで供給できたらいいですよね。送電線のインフラ網に依存しない「電力のオフグリッド化」、携帯電話やWi-Fiの普及による「通信のオフグリッド化」が実現したのだから、次は水供給のオフグリッド化だ!なんて勝手に思っています。太陽光に限らず極小規模の水力発電や風力発電で給電してどこでも水処理できたら、人里離れた過疎の村でも、大規模災害時の避難所でも、地下水や河川など身近にある水を使って殺菌処理できます。旅行者用のポータブル水処理デバイスという方向性もあるし、例えば海外ではトレーラー車に水処理装置を搭載して、行く先々で水を処理するアプリケーションもあります。
 

アニエス:装置はどのぐらい小さくできますか?
 
小熊:素子1個が3ミリ角ですから、設計次第で手のひらサイズでも実現可能だろうと思っています。
 

アニエス:殺菌に必要な時間はどのくらいですか?
 
小熊:そこが難しくて。紫外線を使うと細菌、ウイルス、原虫、藻類など幅広い微生物をやっつけられることはわかっているのですが、紫外線耐性は微生物の種類によって違うため、紫外線に高耐性の微生物が混入するリスクを想定してまるごと安全性を担保するには、ある程度の時間、紫外線が当たるよう設計しなければなりません。装置内の水の流れと光の分布の掛け算で、一番効率の良い装置形状とLEDの配置を検討しているところです。
 

アニエス:デザインも大切ですね。


1つの神経細胞から組織へ、「融合」が研究を拓く
高橋宏知×池内恵対談04
アニエス:私が取り組んでいるMEMSは、ナノサイズ、マイクロサイズが特徴なので、これをバイオに使うと、たとえば培養した細胞にタンパク質などを導入するとどうなるかとか、薬品を投与した後の細胞内での動きをトレースするとか、そのようなことが簡単にできます。たとえば神経細胞に取り組む池内与志穂講師(生産技術研究所)の研究室では、元気な神経と病気な神経の活動は何が違うか、病気の神経は治せるかという病気のモデルを考えていらして、MEMSで実験すると、病気の神経からはちょっと違うレスポンスがとれたりする。この実験はふつう染料を使って行われることが多いのですが、染料は細胞にあまりよくないという問題があります。しかしMEMSにはその問題がないんですね。
 このほか、薄膜トランジスタやCMOSテクノロジーなども使っていて、トランジスタを並べると、広い範囲にある培養細胞をモニタリングすることができます。2電極間のインピーダンスを測ると、細胞があるとインピーダンスが上がり、死ぬと下がるため、その中の細胞がどこでいつ死ぬかを正確に測ることができます。たとえば匂い細胞の研究をされている神ア亮平教授(先端研・所長)との共同研究では、匂いを入れるとその細胞がとても高いインピーダンスを示すことがわかりました。

小熊:すごい!おもしろいですね! 実は私も神ア先生と連携させていただいています。日本の水道水の苦情件数第1位は、なんだと思いますか? 水の「カビ臭さ」なんです。神ア研究室が開発されたカビ臭に特異的に応答する細胞を使って、水の臭いを検出する研究を始めたところです。

アニエス:おそらく私のデバイスで、臭い細胞の活動が測れると思います。

小熊:カビ臭がごく低濃度でも?
 

アニエス:ええ。生物学の今までの測定方法は光学顕微鏡が中心でした。しかしMEMSを使えば細胞の活動を直接測ることができ、しかも細胞は生きたままです。

小熊:なるほど、生命活動の中にある微弱電流をキャッチしているだけですものね。だから細胞にダメージも与えない……。
 

アニエス:そうですね。今のところは細胞培養して測ったりする「cell on chip」ですが、これからはいろいろな働きを持ったたくさんの細胞が全体としてどう働いているのか、複雑な組織としてのプロセスが測れるようになるでしょう。たとえば本当の肝臓のような組織を測る「body on chip」などもどんどんやってみたいですね。こういったことを行うにはコラボレーションが不可欠です。今実際に、生産技術研究所の酒井康行教授との共同研究で肝臓という組織にも取り組んでいます。

研究開発から見えてくる人と技術の明日

小熊:今日は、アニエス先生のご研究のすごさ、新しさがとてもよく分かりました。
 

アニエス:研究は、取り組む姿勢がすごく大切だと思います。

高橋宏知×池内恵対談03

小熊:本当にそうですね。
 水は循環する資源なので、それと一緒に汚染物質も循環してしまうんです。ならばどこかで負の循環ループを止めなければ、しかも、継続的に。──水に限らず、環境問題は、みんなが自分の問題として認識して、自分の責任で継続的に管理していくというのが本質じゃないかと思います。
 先ほどお話しした蛇口取り付け型の水処理装置をもう少し大きくして、コミュニティごとに設置してはどうかというアイデアもあるんです。例えば、アフリカで小学校に水処理を導入したら子供の就学率が上がったという話があって、親は子供を労働力として使いたいけれども、きれいな水がもらえるなら、ボトルを持たせて子供を学校へやるというわけですね。水供給が変わると社会が変わる……すごいことだと思いませんか。このように環境問題は、個人や社会の意識と強く関わるため、広い視野を持って取り組んでいきたいと考えています。
 また水というとすぐ飲み水を考えがちですが、下水を高度処理して再利用する場合には紫外線による殺菌や微量化学汚染物質の分解などが求められますし、食品、製薬、水産業などさまざまな産業の過程で、紫外線水処理が人知れず活躍している場面が実はたくさんあります。たとえば水族館の水槽の水はほとんど紫外線殺菌されています。飲み水に限らず、多様な分野の水処理に積極的に関わりたいと思っています。

アニエス:すごいですね。今、世界中でテクノロジーが発達してきて、未来はもっとそうなるかもしれない。私たちは研究者だからどんどん先へ進めたいと考えるけれども、やっぱりテクノロジーはいつも、本当に人のためになるのかという発想がすごく大切だと思います。先ほどの私の例で言えば、病気を治すのはいいことかもしれないけれども、本当の人間の細胞を使うとしたら倫理的にどうなのかといったことには、一定の判断が必要になってくるでしょう。

小熊:すると、理系はもちろん人文科学、社会科学などとの連携も大切ですね。いろんな方々と一緒に研究することにとても意味がある。これは私も日々実感するところです。
 

アニエス:そう思いますね。

高橋宏知×池内恵対談06
(聞き手・構成:池谷瑠絵 撮影:飯島雄二 公開日:2017/04/13)