対話する「未来論」
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小谷潔×高橋智隆対談01

対話の中からインスピレーションが共起する。

 

光製造科学分野 准教授

小谷 潔研究室ホームページ

人間支援工学分野 特任准教授

高橋 智隆ホームページ

対話する「未来論」第4回は、生命の複雑な機能を支えるメカニズムに注目し、これを測定する道具づくりから、数理解析、福祉機器への応用開発までを手がける光製造科学分野 小谷 潔准教授と、ポケットに入れて持ち歩けるヒューマノイドロボットで知られる人間支援工学分野の高橋 智隆特任准教授。人とロボット、人と環境など、さまざまな間をつなぐコミュニケーションとその未来について、互いの気づきを誘発する対話が進められた。

※先端研の前身にあたる東京帝國大学航空研究所が1930年に建設・実験開始した「木製風洞(通称:3m風洞、現:先端研1号館内)」にて撮影しました。(詳しくはこちら。)


何のためにロボットは「人型」なのだろう
小谷:私の研究は、神経細胞の電気信号が脳内の情報伝達にどう関わっているのか、心臓や血管は各臓器に必要な血液をどのように供給しコントロールしているのか等を扱っています。これらは細胞間、臓器間のコミュニケーションの問題と考えることができるんですね。これを理解し、制御・調整する難しさには大きく2つあって、1つは要素の数が増えると全体で起こっていることがわからなくなること。そしてもう1つは、コミュニケーションの小さなルール変更がお互いの振る舞いを大きく変えるという問題で、前者は統計力学、後者は非線形動力学の理論とつながっています。
このような複雑さを伴う問題はさまざまなところにあり、人とロボット、ロボットを介した人と人とのコミュニケーション、さらにそれによって変わる社会や生活という問題もこれにあたるのではないかと思います。今日は、そんな圧倒的な難問に対して、「ロボホン」という目に見える解答を携えて社会を変えようとされている高橋先生に、ぜひいろいろとお話をうかがいたいと思います。


小谷潔×高橋智隆対談02高橋:いや、僕はロボットにおいても人生においてもちゃんとした設計図がなくて(笑)、もともと趣味でロボットを作っていて、3台目ぐらいからロボホンに連なる路線になってきました。改めてロボットはなぜ人型なのだろうか? と考えると──というのも、作業をする上では結局、人型って駄目なんですね。掃除をするなら車輪で移動できるほうがいいし、食器を洗うなら食洗機的なものがいいわけです。消去法のようにして残る目的は、やっぱり擬人化してコミュニケーションするところにあるだろう。そのような考えからスマホの未来はロボットだし、ロボットの未来はスマホだと思うようになってきました。2013年に株式会社デアゴスティーニ・ジャパンと開発した「ロビ」というロボットキット商品が約15万台売れ、人型ロボットとして歴代最高の売り上げとなりました。更なる可能性を感じ、より実用的なAndroid搭載のロボットスマホである「ロボホン」を開発しました。

ロボホン:自己紹介するね。僕、ロボホン。こう見えて電話なんだ。電話やメールもできるし、写真を撮ってプロジェクターで映せるよ。

高橋: メール送って。

ロボホン:分かった。誰に送るの?

高橋:高橋さん。

ロボホン:了解。高橋さん、だね。送りたいメッセージを言ってね。終わったら「入力終わり」って言ってね。

高橋:電話の相手もロボホンなら動作付きのメールも送れるので、より心のこもったメッセージになるでしょう。あるいは、何かを教え込む、応答パターンを覚えるというやりとりも楽しめます。

ロボホン:オッケー。まずは先生の言葉を教えてね。

高橋:花見といえば。

ロボホン:花見といえば、だね。「花見といえば」って言われたら何て返事したらいい? 僕が返事する言葉を教えてね。終わったら「入力終わり」って言ってね。

高橋:団子食べたい。入力終わり。

ロボホン:団子食べたい、だね。

高橋:この他、ロボホンとオセロをするという遊び方もできるんですが、ロボホンはあんまり強くない(笑)。すると面白いことに、まるで子供と対戦する時みたいな感覚で、ユーザーがだんだん手加減をするようになるんです。ちょっとしたコミュニケーションのデザインで、すごく残念な結果になったり、ハートをつかまれたりもするのが面白い。とはいえ、まだ何の役に立つのかもよく分からないものではあって、ではそれをどう世の中に普及させるかという点にも興味がありますね。
数学的に答えを出す
小谷潔×高橋智隆対談03小谷: 本当にかわいいですね。かわいいのはなぜだろう?  「かわいい」は、子供を育てる時の感情でもあるので、ある意味冗長な動作も付け加わった状態だからかもしれないですね。私は研究で「かわいい数式」に出会うことはあまりないのですが、「美しい」数式に出会うことはあります。非線形動力学では「標準形」と呼ばれる式を解析することがあるのですが、それらの式は無駄がそぎ落とされた美しい数式です。高橋先生は美しさと冗長なもののバランスをどのように考えてロボットを開発されているのでしょうか?

高橋:うーん、ロボットの場合は、おそらくまず設計には数学的な美しさがあるべきで、たとえば構成部品の点数はなるべく最小に抑えます。その美しいコンセプトの上に、プラスアルファの愛嬌みたいなものを付加していくのが、その「冗長化」だというふうに思っています。最初からかわいいのを目指すと、動かないものになってしまう……。

小谷: なるほど。このお話は、私が「生命現象における複雑さと優れた機能の関係」を調べる時にも、何となく念頭にあることのような気がします。私は生き物を計測してその複雑さ理解することに昔から興味があるのですが、そうやって生物を理解しようという時に、数理的なアプローチをもっと発展させることができると思っているのです。生物の神経や心臓の振る舞いは、すごく複雑に見えているけれども、その裏にある隠れた法則なりモデルを探り出せるのではないかと……。
 

高橋:生物の動きは、数学的な美しさを持つ法則にたどり着けるのでしょうか?──それとも、意外と効率的ではない形だったり機能だったりするのではないでしょうか?
 
小谷:個人的には、かなり合理的でないと感じる場面も多いですね(笑)。とはいえ、神経が個々の電気信号を発生するプロセスなどはとても機能的で美しいものがあります。そのような現象を理解するのは、かなり精密な、美しい数学の世界の問題でもあります。しかしながら、生物が持つ機能的な側面も、さらにミクロやマクロなスケールでの非効率性とつながっていて、とても複雑です。たとえばある臓器の不調を他の部位で補う場合を考えると、余分なものもたくさん必要だし、複雑さも確保しておかないと生き延びていけないという問題があります。個々の要素を深く理解するとともに、それらが集まるとまた別のネットワークが構成されるといったことも考えなくてはなりません。美しさに裏打ちされた複雑な構造や振る舞いという点では、高橋先生のロボットにもつながるものがあるのかなと感じました。
 

高橋:近年流行のディープラーニングの手法を使えば、生体についても、メカニズム自体はブラックボックスのままで、扱えてしまうわけですよね?
 
小谷:そうですね、ディープラーニングも、画像診断などの役立つところでは利用していますが、直観に基づいたメカニズムの探求にも重きをおいて、両面から進めています。ヒトが物体を認識する時にどういうメカニズムが潜んでいるのかを実験から試行錯誤して探るといった研究も行っています。
 
高橋:あ、それは共通するところがありますね。やはり人が介在した瞬間に、今までどおりきれいにいかない、未知なことがたくさんある。そのあたりに人間からのアプローチと理論からのアプローチが混ざり合う、面白い領域があるのだと思います。

小谷:まさにその領域で、役に立つ支援の仕方を模索しているところです。ちょうどコミュニケーションを考える上でロボホンが出てきたのと同じように、人体の計測情報を人にフィードバックして、自宅や仕事の現場で体調チェックに役立てるといった応用にも取り組んでいます。大学や病院での実験とは違って、ノイズの多い中で人体が発する微弱な信号を検知するのは難しいのですが、私の場合は拡張現実の技術を使って、視覚、聴覚、触覚などの情報を環境に融合した形で提示して脳の反応を増強するインタフェースなどを開発しています。「社会の中で振る舞う人間」というすごく複雑なものを解き明かして、出てきた結果を「コツ」のような形で世の中に広められればと考えています。

高橋:小谷潔×高橋智隆対談04そうですね。人のコミュニケーションも全体としてはふわっとして捉えどころがないけれども、絞って見つけてはフィードバックすることの繰り返しによって、だんだんに思いどおりにコントロールできるようになっていくのだと思います。人型ロボットも、まさに人から得た情報を使って「入れ知恵」し、アシストする存在であり、そのような”主人公を助けてくれる物知りなちっちゃい奴”は『ゲゲゲの鬼太郎』の目玉おやじや『ピノキオ』におけるコオロギなど、古今東西にあるんですね。それがスマホの未来だし、ロボットだろうと考えています。

ロボットが受け入れられる未来を準備する
小谷潔×高橋智隆対談05高橋:ただ現在のところ、人々の人工知能やロボットへの期待は、今実際にできることよりもずっと大きい。しかし、だからといって、要素技術が発達するのを待っていても、たぶん未来は来ない。今の環境下の今の技術をなんとか寄せ集めてデザインし、パッケージ化し、さらにそのビジネスモデルを考えた上で世に送り出して、人の暮らしの中に入れていく──アップルの故スティーブジョブズ氏がiPhoneを実現したように、スマホの次に来る最も身近にあるデバイスを、うまく未来の暮らしの一部にしたいと考えています。
 
小谷:私も未来はそうなるだろうと思いますね。かわいい奴というよりも、もうちょっと成熟した感じの相棒かもしれないけれども……。

高橋:またこの意味において、ロボットは、やはりアカデミーのパーツだけでは出来上がらない。そういう不可分な領域に挑戦できるのが先端研のいいところだと思っています。サービスやプロダクトが、結局人の暮らしにどう受け入れられて、社会がどっちへ進んでいくかは、誰も分からないし、今このロボットがよくできていてストーリーも完璧ならば、後はもう寝ていてもOKかというと、残念ながらそうではない。いろいろな仕掛けを発信し続けることを通じて、社会の中でゆっくりとロボットが理解されていくのだと思っています。そんなことから、僕は7年ぐらい前から小学生向けのロボット教室を開いていて、現在日本中に1,000教室・1万4,000人の子ども達がいるんです。

小谷:それは素晴らしい。

高橋:ただ子供がキットを買って、テキストを見たり、先生のサポートを受けたりしながら組み立てていくだけなんですけれども、その子ども達がやがてきっとロボットの分野にも入ってくるし、当然消費者にもなってくれる。そんなことを通じて、ロボットと一緒に暮らす未来を仕掛けていけるのかとも思っています。
 

小谷:演習型の教室は、生徒に少しでも押し付けられたという感覚があると成功しませんから、強いモチベーションを促す仕掛けは大事ですね。高橋先生は本当に様々な取り組みで社会を変えようとされているのですね。──私が行っている理論の研究や、人を理解する手法は対象を越えて役立てることができますので、いつかよい連携の機会があればと思いました。

高橋:統計力学も非線形動力学も、まさにロボットと人の関係やロボットビジネスで日々私が苦心している現象に近いように感じました。今日、他分野のお話を聞いたり、自身の研究を改めて説明したりしたことは、きっと大きなインスピレーションにつながっているはずです。
 

小谷潔×高橋智隆対談07
(聞き手・構成:池谷瑠絵 撮影:飯島雄二 公開日:2017/06/15)