先端科学技術研究センター30周年事業 記念講演会
ホームニュース・トピックス30周年事業 記念講演会報告>講演2 昆虫科学が拓く新しい科学と技術の世界
講演2

昆虫科学が拓く
新しい科学と技術の世界

神崎 亮平 教授
生命知能システム分野/先端研所長

昆虫は、現代の科学技術からブレークを起こす上で非常に重要な材料です。地球上には180万種類以上の生物がいますが、人間(ホモ・サピエンス)は1種類のみ。それに対して昆虫は100万種類以上で、空中、地上、海中といろいろな場所に生息し、そこで起こる複雑な問題を解決してきました。進化の過程で獲得されたその手法を解き明かすことは、人間に役立つはずです。なぜなら、昆虫は人間とは異なる環境世界で生きており、人間には及ばない能力を持っているからです。

神崎教授が中でも注目しているのは昆虫の「匂いに反応する能力」です。私たち人間を超えた能力を発揮しています。犬が鼻の良いのは有名ですが、それをしのぐくらいの能力を持っています。麻薬探知犬は一匹数千万円するだけでなく、パートナーが長期間の訓練を行うため、大きなコストがかかります。一方で、体長1mm程度のショウジョウバエは、がんの匂いを本能的に感知することもできます。

なぜ、この分野で昆虫が注目されるのか。光や音などを検出する優れた物理センサはすでに開発されていますが、匂いに反応するセンサで、昆虫と同じレベルの性能のセンサはまだないのです。そこで、昆虫の匂いを検出する能力を再現して使う研究を進めているのです。遺伝子工学で、カイコガがフェロモンを感じる匂いセンサ(タンパク質)をフェロモン以外の特定の匂いに反応するように変えることで、カイコガはその特定の匂いを検出して探す「警察昆虫」になります。また、培養細胞に昆虫の匂いを感じるセンサを入れることで、特定の匂いを検出できる「センサ細胞」になります。現在、神崎教授は、カビの匂いに反応して光る「センサ細胞」をつくり、取水場でいち早くカビ臭を検出するセンサの開発を小熊准教授と進めています。

また、昆虫は、数キロ離れた匂いを探すこともできます。これは、昆虫の小さな脳の情報処理で起こります。人の脳は1000億のニューロンからできていますが、昆虫はその100万分の1の10万個程度しかありません。スーパーコンピュータを使って、この脳を再現する技術をつくっています。スーパーコンピュータ『京』を使えば、昆虫くらいの脳なら、脳をつくる神経の回路を1つひとつのニューロンから組み立てて再現して、シミュレーションできる可能性が出てきました。

神崎教授の研究室では、この『京』を使い、フェロモンに反応してそれを探すカイコガの神経回路を明らかにし、その仕組みで動く『匂い探索ロボット』をつくりました。講演では、オスのカイコガがメスのフェロモンに反応してロボットを操縦し、目的地にたどりつくロボットや、脳の信号で動くロボット、神経回路のモデルで動くロボットなどの動画が披露されました。

 


神崎教授が行う「神経回路を明らかにして脳を再現することで、昆虫が自然環境の中でうまく生きていく能力(生物知能)を明らかにする研究」は、今話題になっている人工知能(AI)とは対峙する研究です。「人間が考えて一から作るのではなく、数億年の歴史の中で生物が獲得した手法に価値を見出し、モノづくりのイノベーションを起こすアプローチ、これは生物にも人にも環境にも優しい仕組みを明らかにして、それを生かす超最先端の研究なのです」。

講演後のアンケートでは、多くの方が知られざる昆虫の能力について印象に残ったとコメントしていました。

30周年事業 記念講演会