「表面こそ最前線」の着想が発明をリードする。
高機能材料分野 准教授
井上 純哉第5回を迎えた対談は、シミュレーションと実験によって、金属等の構造材料とその界面を解明・制御し、その強度としなやかさを追究する井上純哉准教授と、有機合成化学と生命科学が交差する領域で、狙ったタンパク質や細胞を制御する「化学ツール」づくりに挑む山口哲志講師の二人。分子レベルの工学的なデザインに注目すると、互いが挑む研究開発に意外な共通点が見えてきた……。
井上:僕が主に取り組んでいるのは金属という材料ですが、身の周りを見渡せば分かるように、私たちは金属を必ずいろんな形状に変形して使っていますよね?したがってトレンドとしては加工がしやすく、そして加工後は強くて安全であることが求められることが多いですね。よく「金属は溶けるから、普通に溶接すれば加工出来る」と思われがちですが、多くの金属は溶接した瞬間にその期待した性能が出なくなってしまいます。熱を加えるだけでいろんな性能がキャンセルされてしまうのに加えて、例えばチタン類のような違う金属を混ぜると、割れやすい材料になりやすい。つまり結晶が大きな構造になってしまうため、変形しにくくなり、割れやすいのです。
山口:どのくらいの大きさですか?
井上: 結晶の粒径は数マイクロから10マイクロぐらいです。その中で鋼をコントロールして、強度を持たせています。
山口:スケール感覚は、意外にも僕らバイオの世界と似ていますね。例えばタンパク質は数ナノメートル、僕らの体を作っている細胞が数マイクロ〜20マイクロメートルぐらいのサイズです。井上研究室ではそのような材料内部のミクロな構造をシミュレーションして、相互作用をデザインする研究にも取り組まれているのでしょうか?
井上: 現在、原子間のインタラクションを精緻にモデル化するような数値シミュレーションを行っています。しかし次に取り組むとしたら、マイクロサイズのシミュレーションがターゲットとなると思います。
山口:バイオの世界も似ています。個々の分子のシミュレーションは出来るようになってきているけれども、マイクロサイズの分子集合体や細胞レベルの精緻なシミュレーションは計算が非常に複雑になってしまう……。
井上: ええ。シミュレーション出来るものの対象スケールが飛び飛びになっていて、僕らの分野でも、そこをどうつなぐかが問題になっています。本当に小さな計算を全部積み上げる方向がある一方で、大型計算機を使って大量に計算していく方法、さらにシミュレーションをたくさんの実験データで補間するという手法が同時並行で試みられているような状況です。
山口:未来はそこにあると……それは、僕らの世界と非常に似ていますね。
細胞についても、目的通りの実験や創薬を行うためには、使える形に組み上げるための「化学ツール」が欠かせません。例えば細胞を狙ったところでつなぐノリの機能を持つ分子や、ある細胞をカバーしておいて、目的の場所に来たらポロッと外れて作用させる材料などを作っています。また細胞をある場所に1個ずつ並べて光に応答するような塗料を使うことにより、短時間で必要な細胞だけ集められるようにしたり、細胞間の相互作用を調べるために、細胞を一定間隔に配置したり出来るようなツールもあります。生体反応だけでは解決できない課題をシンプルなデザインの化学ツールを用いて解決しようというのが、僕のコンセプトと言えるかもしれません。
井上:分子にどう手を加えるかは、どこから発想するんですか?
山口: いろいろな方法がありますが、僕は表面に注目しています。分子でも細胞でも、結局機能する時は表面で起こるので、表面をすっぽり覆うとか、ペタペタくっつかせるとか、表面で働く分子を作るのが早道なのではないかというのが僕の発想ですね。
井上:表面こそ、反応する最前線ですよね。
山口:ええ。高度な遺伝子操作技術を使ってタンパク質の配列を変える方法もありますが、僕は本体よりも周りを変えることでタンパク質や細胞を変えるという方向です。
井上:そのほうが、求める答えに近い──実際、われわれもそういう考え方をしています。例えばわれわれは、硬い材料とやわらかい材料を重ねるだけという発想で強い材料を作り出した例があります。マグネシウムと鉄と両方に相性のいい化合物というのがあって、それを薄く成長させます。これだけだと、鉄とアルミの化合物が出来上がり、すごく割れやすいものが出来てしまうというのが常識です。しかし、結晶を数百ナノぐらいの大きさにとどめておけば割れないんです。マグネシウムを含んだ鉄の界面で、一瞬だけマグネシウムを溶かすことにより、アルミニウムと鉄が反応して数百ナノの薄い鉄とアルミニウムのノリのようなものが形成され、ガッチリくっついたものが出来ました。
井上:いやまさに、先ほどの例も、実は最初は全然違う界面の現象を見ようとしていたんです。
山口:おそらく「なぜ?」を調べたいという欲求を具現化しようと思って取り組む中で、今まで見えなかったものがパッと見える。ほぼ駄目と思われているけれども自分は気になるから、もう一歩踏み込んで条件を調べないと気が済まない、そういう時にブレークスルーが起きるというイメージがあります。
井上:むしろ僕の場合は「この現象はなんで起きているんだ?」と一生懸命調べているのは毎日で、その中で時々卵みたいにポロッと面白いものが生まれ、そこから技術につながっていく感じです。逆に特定の目的のために一生懸命やっても成功しない。
山口:でも見えてからはおそらく2カ月ぐらいで、いろんなことが進んでいく。アイデアを具現化する実験をして、狙ったとおりの現象が起こることを示すデータを取って、という期間が、とても速くて、一番楽しいですよね。
井上:そうですね。僕も先ほどの方法に気づいた時には「あっ、こんな現象があるんだ」って分かった瞬間に特許を申請しました。そこからもう少し実験してデータを追加し、論文化しました。
井上:僕もあまり今と変わらないのではないかという感じがしますね(笑)。逆に人間が金属を使ってきた歴史を振り返ると、もちろん青銅器時代、鉄器時代がありますけれども、冶金というのが始まった1800年後半頃から現代の流れになってきています。今後いっそう重要性を増してくると考えられるのは、リサイクルではないでしょうか。鉄は人類がとにかく大量に使う金属なので、ちゃんと回さなければいけません。
山口:ゴミになっちゃう。
井上:ええ。今、日本国内だけならリサイクルされているように見えますが、実はある程度回すと不純物が多くて使えなくなるんですね。どんどん新しい鉄を投入してきれいな材料だけ使って、劣化したものを輸出しているという現実があり、これをずっと続けることはおそらくできない。金属リサイクルは、必要な研究です。
例えば鉄の中に銅が入っていると、今のプロセスでは、なかなか取り出すことができないし、すごくコストがかかります。だから一貫して管理できるようなものを作っていかないといけないと思うんですけれども……。発展途上国等の国々で処理しきれないことは間違いないですし、良質な資源の枯渇という問題もあります。──バイオ系はどんな感じですか?
山口:特に医療などの分野で、目に見えて解決しなければならない課題がたくさんある状況ですね。例えば癌で死ぬ人を減らしたいとか、不妊治療の効率を上げたいとか、そういったことをこの30年、50年で1つずつ叶えていけるはずだと思います。また寿命を伸ばすことももちろん大事ですけれども、生物としての限界もあるので、生活の"Quality of Life"がキーワードになってくるでしょう。
またこれに関連して、iPS細胞をきっかけに、日本では企業が医療用のヒト細胞を操作することが合法化されました。この細胞加工産業は非常に大きな経済効果が見込まれているわけですけれども、ここでスタンダードになるような規格を世界に先駆けて作ることは、ひとつの勝負どころだと思います。その基になる科学的データや解析法等の蓄積などにも貢献していきたいと考えています。