対話する「未来論」
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宇佐見康二×飯田 誠

風車とスピンをめぐって、会話は回る。

 

量子情報物理工学分野 准教授

宇佐見康二研究室ホームページ

附属産学連携新エネルギー研究施設
特任准教授

飯田 誠研究室ホームページ

第7回を迎えた今回は、さまざまな系のハイブリッドでマクロな量子力学的現象に挑む宇佐見康二准教授と、流体力学とシミュレーションを駆使した風車の開発・制御・スマートメンテナンスを手がける飯田誠特任准教授。翼150メートルもの風車からナノスケールの量子スピンまで、再生可能なエネルギーを巡って会話が弾んだ。

宇佐見康二×飯田 誠
人間が作った最も大きな翼を持つ機械
宇佐見:風車に興味があって、それで飯田先生と話してみようと思ったんです。


飯田:風車は風のあるところに設置されます。太陽の存在により、地球上の大気に動きが出来ます。太陽がある限り風は存在し、風が存在する限り、風車には風の運動エネルギーが供給されます。私は、風車周辺を流れのメカニズムを解明し、エネルギーを最大に取るために風車をどう配置したらいいのか、どうウィンドファーム内でのエネルギー回復を早めることができるのかも研究しています。


宇佐見:エネルギー回復とは何ですか?

 

飯田:風車は回ることで、風からエネルギーを取り出すのですが、その際周囲に空気の流れを作り、風車の後ろへたくさんの空気の渦を作り出します。この渦へ、大気から再びエネルギーが供給されて、エネルギーが回復していきます。再生可能エネルギーと言われるゆえんですね。しかし「ベッツの法則」というものが知られていて、理論上は、入ってきた風の最大3分の2までのエネルギーしか取り出すことが出来ません。


宇佐見:3分の2も取れるんですね。

 

飯田:ええ。設計上のエネルギー取得効率は実機で約50%程度です。風車は夜も回りますので、風の状況によりますが、年平均で全エネルギーの30%ぐらいを回収できます。ちなみに、今ここにあるのは200分の1の模型で、現在世界最大の風車の翼の長さは150メートルにもなります。ジャンボジェットの機体でも約75メートルですから、人類が作った最も大きな翼だと言えるでしょう。こちらは、私が設計した高効率低騒音翼で、先端に近いほど細くなっており、半径位置に応じて異なる流れに適応できるよう設計しています。また風速によって、風車が回転する時に作られる渦は、全然違うのですが、この渦を数値流体力学のシミュレーションを使って明らかにする研究も行っています。

 

宇佐見:グリーン・テクノロジーの中でも風車を選んだのはなぜですか?

 

飯田:僕はもともと流体力学が専門で、修士課程の頃に風車に関心を持ち始めました。風車の翼は、根元はふだん僕らが感じられる程度の風、途中から自転車の風、自動車の風、鉄道の風となって、先端は飛行機の流体現象が存在します。するとこの1本に、様々な流体現象が全部入っていると感じました。これが解明できたら他にもいろいろ応用できるし、しかも地球に優しいというのは面白いと思いました。風車の他にも、構造のシミュレーションやそれらの応用で波力発電の研究などを行っています。

「シュレディンガーの猫」状態を見る
宇佐見康二×飯田 誠

宇佐見:僕の専門はもともと量子光学で、大学院の時は光の量子的な性質を、大学院卒業後は原子をレーザーで冷却する研究をして、その後ポスドクとして北欧のデンマークへ行きました。ちなみに、そこでたくさん風車を見ました(笑)。デンマークでは「オプトメカニクス」と呼ばれる分野に参入し、目で見えるぐらいの機械振動子(小さな振り子のようなもの)を対象にレーザー冷却を適用する実験に取り組みました。先端研では、さらに手で触れられるぐらいマクロな物体を、光、マイクロ波などいろいろな電磁波を使ってコントロールして、マクロな物体で量子力学的な振る舞いを観測する研究をしています。

 

飯田:量子的な世界を扱うけれども、実際に見えるレベルの物を動かすという……。

 

宇佐見:そうなんです。ふつう量子力学というと電子や原子といったミクロなものです。マクロな例が「シュレディンガーの猫(1935)」で、もしも猫が「重ね合わせ」という量子状態にあったら、死んだ猫と生きた猫の重ね合わせ状態があるはずだけれども、誰もそんな猫を見たことはない──というわけですね。前世紀以来、ふだん私たちが目にする「古典的な世界」と、量子力学が支配する「量子的な世界」の境はどこなんだ? という問いに答えは出ていません。そこで例えば巨視的な数の電子や原子を集めて、集団としてマクロな重ね合わせ状態を作ろうという流れがあるんですね。
また量子というのは「素粒子」や「陽子」などと違って言わば状態を表す概念であり、具体的な対象としては、電子や原子でなくても光でも何でもいいのです。僕が所属している中村研究室では、 2015年に直径0.5ミリというマクロな磁石を対象に、その中の1018個もの電子スピンが集団として本当に量子力学に従っていることを確かめました。
このような量子状態は計算に使うこともできます。量子情報の世界では、1と0の重ね合わせ状態を「量子ビット」といって、これが計算の単位になっています。量子の世界だと可能な"重ね合わせ状態"を「量子ビット」はとることができるので、現在のコンピュータの単位「ビット」よりもある意味次元が増え、飛躍的に計算スピードが上がるというイメージなんです。最近になって、実際にどう量子計算機を作るかが見えてきて、世界的にも、Google、IBM、Microsoftといった企業が大きな投資をしているわけですね。実際この20年の進展は目覚ましくて、たとえば、重ね合わせ状態はたいへん壊れやすい性質があるのですが、これを保持できる時間が6桁も長くなりました。
そして物理学者にとっては、量子情報という共通言語ができたおかげで、分野の垣根が破壊され、物理のさまざまな分野と意思疎通ができるようになったということがあるんです。各分野の知見が相互乗り入れして、系の利点を組み合わせるハイブリッドの流れが、最近のこの爆発的な進展の背景にあります。

そんなわけで、僕も風車を作りたい

宇佐見: そんなわけで僕は今、新しいハイブリッド物理系のフロンティアにある、量子光学と磁性の境界領域を切り開く研究に取り組んでいるのですが、とても面白い……というのは、量子光学を専門にしてきた立場から、磁性に一歩踏み出してみたところ、磁性物理が、新しく、広く、奥行きの深い、とても魅力的な分野に見えたのです。それに磁性を持つ物質は……ヘンなんです。

 

飯田: ヘン!?

 

宇佐見: ええ。物質の内部にある電子スピンは相互に相関をもつために磁性を持ちます。ところが磁性を持った物質の内部では、真空とは異なる電磁気現象が現れることがある。これが、創発電磁気学と呼ばれる分野です。そこで僕は、この磁性についての新しい展開と、量子情報の知見を結びつけることに、今すごく興味を持っています。量子情報のテクニックを磁性・固体物理に広げて、さきほどの共通言語の領域をさらに広げていきたい。

 

飯田: そのときに使う手段は、やっぱり光ですか?

 

宇佐見康二×飯田 誠

宇佐見: そうですね。僕の場合は、やはり量子光学を足掛かりにして、新しい領域へ踏み出していきたい。そこで、実はですね、僕も風車作りたいと思っています。電磁気学には相反性と呼ばれる性質が知られており、例えばエネルギーの流れの入力側と出力側は入れ替えが可能なのですが、磁性を持つ物質内では、この相反性が破れている。つまり、磁性体内では、一方向にしかエネルギーの流れを許さないような現象があるんです。風車も一方向に回る……ということは、磁性を使うことで一方向にしか回らない、まさに風車のような抽象的な構造物を考えることができます。全然違う風車ですけれども、身の回り至るところにある熱雑音からうまくエネルギーを整流化できれば、究極の電池となり得ます。もちろん小さな電力でしょうが、無駄にされている熱雑音が使えれば、僕もエネルギー問題に貢献できる……

 

飯田: あ、それは世の中のためになると思います、本当に。

 

宇佐見: 科学技術は昔から、ゆらぎや雑音と闘ってきたわけですが、それまで邪魔と思っていたもの、些細なもので、ちょっと見方を変えることで、非常に重要な基礎物理の発見につながってきました。プランクの量子説にしろ、レーザーにしろ、ゆらぎや雑音に関する考察から深淵な物理が引き出された例は枚挙にいとまがない。熱的な揺らぎから実際にエネルギーを整流化している微生物の機構などからも学びながら、無限のエネルギーへ向けて開発していけたら、夢があるじゃないですか。

 

飯田: エネルギーを無駄にしない、そして邪魔者を受け入れてみようという、この2つのスタンスは大事ですね。

 

宇佐見: 風車に関しては、もう1つ、将来はおそらく各家庭でエネルギーを安定供給できるような、自給自足の生活スタイルが出てくるんじゃないかと思っていて、そう考えると、いずれ風車は各家庭の必需品になる気がして、今のうちに飯田さんと知り合いになりたかったんです(笑)。

入力が不確かなものを設計する

飯田: エネルギーを取り出すということで言うと、ふつう機械構造物を設計するときには、この燃料に対してこれだけ発電するというように、入口と出口がはっきり分かっているのですが、風車の場合、場所によって変わりますし、そもそもどんな風が来るか分かりません。このように入力が不安定な機械のための設計理論は皆無です。そんな風に対する風車設計の考え方は、どんな風に対してもそれなりに堅実に発電できるよう設計するか、エネルギー取得量が多くなる風条件を狙って、性能に合わせて制御するかです。現在主流のヨーロッパスタイルは後者で、風の条件を設計者が決めて設計し制御させています。しかし条件を絞って設計すれば、捨てるエネルギーもいっぱいあります。

 

宇佐見康二×飯田 誠

宇佐見: 風車は台ごとにそれぞれデザインされているのですか?

 

飯田: 今は風量などの帯域でだいたい4クラスに分けられていますが、僕はもうちょっとこれをフレキシブルにして、風を読み取りながら制御する「考える風車」ができればと考えています。このための翼の制御や付加的な装置などはヨーロッパの設計にはない発想で、僕らはそもそも、もっと自然と上手に付き合えるような、考え方で風車を見ています。僕は現在、風車の故障診断を行う「スマートメンテナンス」にも取り組んでいるのですが、これにもまったく同じことが言えます──センサーを体温計や血圧計みたいなものと見なせば、目指すは、風車のお医者さんです(笑)。データを駆使してAIで予測したり、異常が起こる前に「この部品は、あと何か月くらい持つよ」といったアラートを出したりして、風車を支えてあげる。自然を相手にいろいろと機械を最適化していくために、僕は特に、制御に注目してシミュレーションに取り組んでいます。

 

宇佐見: このような研究が、流体力学の基礎研究に示唆を与えることもありますか?

 

飯田: はい、あります。渦の崩壊過程を流体力学的に解くとか、より詳細にシミュレーションするとか、翼表面における不安定性現象を統計的に特徴付けるといったテーマがあります。さらに別の応用につながるような面もあって、面白いです。

この研究分野に取り組む魅力は何だろう?

宇佐見: しかしなぜ、流体に興味を持ったのですか?

 

飯田: 流体力学は連続体で、自然界にある現象を代表する方程式だということ、しかも不安定性の影響を受けるというところが、科学的なチャレンジとして面白いのではないかと思いました。

 

宇佐見: なるほど。流体力学の基礎方程式というのは非線形だから不安定性が生じるわけですが、量子光学では、例えば光なら光子ひと粒ひと粒を扱うためにエネルギーの励起が弱く、全部線形近似で出来てしまう。これが僕の中でちょっと満足できなくなっていて、この意味でも、基礎方程式が単純な量子光学に磁性体内で発現する創発電磁気学のアイデアを導入するのは興味深いと思っています。この融合によって生じるかもしれない通常の電磁気学の枠を超えた現象が、実験室のデスクトップでちょっと工夫すれば検証できるかもしれないというのが、量子光学・量子エレクトロニクスの最大の魅力です。ただ具体的に何に役に立つのかは、現時点ではなかなか主張できません。

 

飯田: 再生可能エネルギーでも、時間・空間を横軸・縦軸にとって、人の考えの及ぶ範囲をプロットすると、空間的にも遠い、将来的な課題だという見方をされていることが多いです。しかし本当は、極めて近いところの議論なのです。しかもエネルギーのない日本には、再生可能エネルギーが必要です。こんなに豊かな自然を活かして、100年後も持続可能な世界であるように、僕は今、風車に取り組むべきだと考えています。人間としての飽くなき要求が、知的な好奇心や、持続可能なエネルギーを考える科学技術へも向かっていくといいなと思います。

 

宇佐見: 僕らが美しいとか面白いと感じるものは、将来やはり、根が張って花になるべきものだと思います。そのようなサイエンスが提供する美を共有することで、直近の利益や便利さにつながらないような基礎研究にも、もっと理解やサポートが得られるようになるといいなと思います。

熊谷 晋一郎×並木 重宏
(聞き手・構成:池谷瑠絵 撮影:飯島雄二 公開日:2017/09/22)