対話する「未来論」
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谷内江 望×小坂 優

気候へ、細胞へ、チャレンジする心を育てる。

 

合成生物学分野 准教授

谷内江 望 研究室ホームページ

気候変動科学分野 准教授

小坂 優 研究室ホームページ

2017年、東京大学先端研30周年を記念してスタートした『対話する「未来論」』のシリーズが、ついに最終回を迎えた。今回の対談は「DNAバーコード」というしくみを使って細胞を高速に追跡する技術等の研究開発に取り組む谷内江望准教授と、コンピュータの中の地球を動かして、シミュレーションで異常気象など気候変動の解明を目指す小坂優准教授。先端研という環境の中で、何を受け継ぎ、育むのか──研究から後進育成へ、未来を見つめる2人の対話が、シリーズを締めくくる。

モデルとデータから気候のメカニズムを理解する
谷内江望×小坂優
小坂:私は、日本の猛暑あるいは冷夏などの異常気象が、どのような大気循環や海洋の揺らぎで起こるのか、それらの状態はどう維持されるのか、予測する手掛かりはどこにあるのか……といった問いに対して、観測とシミュレーションの巨大なデータを使って探る研究をしています。大気と海洋の循環はすべて物理法則に則っているので、基本的には、それらの法則を数値化すればモデルになり、シミュレーションすることができます。また観測データも、解析するには格子状に並んだいろんな物理量が必要なので、モデルに観測データを合理的に取り込む「データ同化」という手法で作成されたデータを使うことがよくあります。そのまま現在より先までモデルを走らせれば「予測」になります。


谷内江:そのモデルですけれども、よく「ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすか?」等と言われますよね?


小坂:ええ、バタフライ効果ですね(笑)。実はバタフライ効果を発見したエドワード・ローレンツは気象学者で、「初期値の数字を最後の1桁があるかないかだけ変えたら、結果が全然違った」という話から始まったんです。実際、スパコンを変えたり、コマンドの書き方を変えたりした時に計算精度が変わることがありますが、それだけでシミュレーション結果がガラリと変わります。これは初期値への依存性の問題なので、現在では天気予報の計算等でも、初期値を誤差の範囲内で複数与えて時間積分し、そのばらつき方から予測の信頼性まで評価する方法が採られています。

また気象や海洋のデータは、世界の各地点でまた鉛直方向にも広がっているので、それをコンピュータで計算はできるのですが、数百万〜数千万の格子点上にある複数の物理量で構成されるような超高次元空間を、人間が頭の中で把握して、現象を理解することはできません。そこで何かの現象を説明したり、証明したりするために、その中で働いているプロセスの1つを削ったり、設定を少し変えたシミュレーションを行って、結果の違いを見ることが多いですね。

それと気候システムは、非常にフィードバックが強いシステムで、何かが変わると何かが変わって……というふうに次々にフィードバックして、元の原因にまで影響してしまうという特性があります。観測値そのものがフィードバックした結果なので、風が吹いたから温度が変わったのか、温度が変わって風が吹いたのかという因果関係は、観測値からは簡単には解けません。非常にたくさんの観測データの解析やシミュレーションを積み重ねて、理論も考えて、理解できるストーリーを一生懸命描き出そうとしているのが気候科学だと言えるのではないでしょうか。最近の研究ではたとえば──20世紀初頭から、全球の平均地表気温は階段状に上昇してきているのですが、熱帯太平洋域に起源を持つ気候の内部変動がその「ペースメーカー」である──ということを、昨年発表しました。この場合は、まず全球気候モデルシミュレーションにより気候現象を高精度に再現し、その変化に熱帯太平洋の変動が効いているということを証拠立てていきました。

「DNAバーコード」で細胞をハッキングする
谷内江望×小坂優

谷内江:お話を聞くと、おそらく僕らの場合は、アプローチがまったく逆ですね(笑)。そもそも小さいものを対象にしているので、観測が難しい。データが取れないし、ノイズも多いので、限られたデータを元にシミュレーションを行っても頼りになりません。そこで細胞そのものにたくさん「介入」して実験データをどんどん取る必要があります。僕はそういうハッキングが本当に好きなんです(笑)。

生命の設計図であり遺伝子物質であるDNAは、ATGCという4つの塩基からできています。このATGCの配列を人工的に変化させた細胞の振る舞いを観察して生命システムを理解する、あるいは機能改変された細胞を利用するという点に着眼して発展してきたのが遺伝学や遺伝子工学という分野です。僕らはもっと大規模に細胞に介入して、細胞に複雑な人工機能を持たせ、これまで理解できなかった生命現象の解明に貢献したいと考えています。たとえば、改変した細胞に「DNA バーコード」を付加し、このバーコードを使ってタンパク質の相互作用のネットワークを高速に解析するという方法を開発しました。これはヒトが持つ250万ペアのタンパク質について、その高品質なネットワーク情報を、1人の研究者が数週間で得られるテクノロジーです。僕らはこういった機能改変した細胞を「ウェットウェア」と呼んでいます。

 

小坂:ウェットウェア、初めて聞きました。

 

谷内江:ハードウェアでもソフトウェアでもない計算や計測をする人工物なので、そう呼ばれています。その他僕は、ヒトの体が1個の受精卵から生まれて、2倍ずつ増えながら次第に胚盤胞等が形成されて胎児の形になり、どういうふうに細胞が分かれて、約34兆個の細胞を持った大人になるのか? と考えていて、細胞分裂の時にDNA配列がほんの少しずつ変わっていくDNA バーコードを作り、これを解明したいと思っています。一方、生の細胞を意図通りに制御するためには、細胞のことを誰よりもよく知らなければいけませんよね?──実は、生命のシステムを緻密に制御しながらエンジニアリングしている過程で「生命はこう動いているんだ!」という小さな発見がいっぱいあって、それが生命科学としての醍醐味でもあるんです。

失敗からさえも学べるような実験デザイン

谷内江: 改変した細胞を作ることから一歩進んで、実験の規模やデータの取得過程も含めてシミュレーションを行うこともあります。僕らの実験というのは……仮に20ステップの実験があって1ステップで9割失敗するとしたら……0.9の20乗なんてほぼゼロなんですよ(笑)。先日も研究室で学生が落ち込んでいて、別の学生が「もう何度でもいろいろやるしかないんだよ」といったアドバイスをしていました。それ自体は正しい心の持ち方なんですけど、盲目的に突き進んだら絶対失敗ばかりする。そしたら心は折れちゃいますよね。ですからネガティブなデータが出ても、そこからヒントが得られるような実験をあらかじめ組み立てなければなりません。また、1ステップずつ10通りくらいのバックアッププラン作り、そのどれかを成功させて一歩進むような設計を綿密にやることで、必ず当初の目的へ戻れるようにする。僕はその作戦を組み立てるのがものすごく楽しいんです。

 

谷内江望×小坂優

小坂: 私の場合は、むしろ「とりあえずやってみたら?」と言いますね。学生によっては始める前に「こういう結果が出たらどうするんですか」と言う人もいるけれども、やりながら考えているうちに別の方法を思いついたりもするので……。

 

谷内江: いや、僕らの実験は、1回仕掛けたら10日間、あるいは1カ月というように時間がかかるんです。大腸菌は30分に1回、酵母なら90分に1回分裂してくれるけれども、ヒトの細胞だと何日にもなるので、周期によっても作戦が変わります。生命科学の世界でよく「植物の研究者が最も賢い」と言われるのは、1年に1回しか実験できないため、季節を通しての実験設計を工夫しなければならないからなんです。また、そこにシミュレーションが要請されているんですね。

楽しくサイエンスするために、足りない自覚
谷内江望×小坂優

谷内江:先端研はそれぞれの分野でトップレベルの研究をしている人が集まっているのが、まず面白いですよね。学部内にいるとふつう同じ分野の人ばかりの集まりになりますが、みんなオープンだし、幸せな場所だと思います。一方で、僕はしばらく北米で研究していたのですが、日本へ帰って来てみると、日本人はやはり自立心が足りないようにも思います。自分が世界を変えようとか、自分の意見を通そうとかいう学生がとても少ない。僕らはやはりプロフェッショナルとして当たり前の、自分の力で自分の人生を切り開く自覚がある人の集団であるほうが絶対幸せですし、先端研の先生達は基本的にはそうだと思いますから、もっとそういったマインドを育む研究所になるといいなと思います。僕自身、やはり現場の研究者として、自分が便利なウェットウェアを開発することで生命科学にパラダイムシフトを起こしたいし、たとえばロボットを使って実験を全部自動化できたらどうだろう? といった構想も進めています。いずれにしても、これまでの生命科学が手に出来なかったデータを自分のテクノロジーで一挙に手にできる瞬間があって、それがすごく楽しい(笑)!

 

小坂: そう、大事なのは楽しくサイエンスすることですよね。さきほどご紹介した研究でも、全然違う目的で計算していて、たまたま見つけただけなんです。学生の中には、研究テーマを考える中で「何か役に立つことをやりたいんです」と相談に来る人もいるのですが、「役に立つかどうかは、やってみなければ分からないよ」と答えています。

 

谷内江: 学生でも教員でも、おそらく萎縮しすぎというか、そもそも人生なんて1回しかないのに、何を恐れてつまらなく生きようとしているのか、と。

 

小坂: 小坂:そうなったのは、たぶん最近ではないかと思います。

 

谷内江: 僕は、本気で挑戦して人生を失敗した人を見たことがありません。しかも世の中、本気を出す人は案外少ないので、実際には本気を出した者勝ちなのではないでしょうか。それから、失敗を失敗と思わない鈍さも必要かもしれません。かく言う僕も、心は折れるし、失敗も怖いけれども、僕らが言うことで強い若者が育ち、僕ら自身も強くなれるはず……。先端研でみんながそういう方向を目指せたら、超素敵だなと思います。

 

谷内江望×小坂優
(聞き手・構成:池谷瑠絵 撮影:河野俊之 公開日:2017/12/15)